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具体的な京都旅行のこと

 Nさんの病状は楽観できなかった。
がん末期の苦痛をやわらげるため、小笠原医師の往診による「痛みの治療」が繰り返された。
がんが転移した肺の部分からの出血が止まらず、それが大量の胸水となって胸腔内を圧迫して激しい痛みが襲う。
加えて、肺機能低下による呼吸困難は一層ひどくなり、一日刻みで悪化する。
病状的には今日がいちばんいい日であり、明日はもっと悪くなる。
私たちが知り合って二週間が過ぎていた。
この時期に、その病状の進み具合を確認したところ、小笠原医師は言った。
 「よく頑張っておられるけれど、Nさんは非常にきびしい状況です。
もちろん、ご本人もそれを知っています」  命の残り時間は、あとI、二週間のようである。
この状況に立ち至っても、私の取材を続けるべきか。
家族とともにゆっくりと静かな時間を、Nさんは過ごされるべきではないか。
迷った末、私は小笠原医師を通して取材断念の意向をNさんに一度伝えた。
だが意外にも、まだ彼はやる気だった。
 「彼は、『僕は取材を受ける気持ちでいますよ』と言うんです。
自分の受けている医療(在宅ホスピス)のことを、多くの人に知ってもらいたいからと何度も繰り返していました」 Nさん宅の風景  二日後の九月二十六日夕方、カメラマンとともに、Nさん宅を訪ねた。
 濃いブルーのTシャツに半ズボン。
彼は、背もたれが角度三十度ぐらいの電動式ベッド上で横たわり、愛用のノート  私は、その枕元近くの椅子  「お元気そうで何よりです」 にパソコンはスイッチオンの状態だ。
腰掛けた。
 「ええ、今日は元気です。
プロのカメラマンが来るから、折角なんで僕の遺影を撮ってもらおうかと」  初対面のかたい雰囲気をやわらげようと気遣い、Nさんが軽いジョークを飛ばした。
その夫の横で妻のHさんが言った。
 「そうなんです。
遺影を撮ってもらうって言うんです」  「で、家族に呆れられちやいました」  とNさんが微笑んだ。
仲のよい夫婦だと心のなかで思った。
 ベッド脇にぱ在宅酸素療法に使う濃縮酸素ボンベが見えた。
肺機能低下による呼吸苦をやわらげるための治療装置だ。
Nさんぱ、直径五ミリぐらいの透明チューブを口にくわえ、その酸素ボンベから濃縮酸素を吸っていた。
 Nさんが「やっぱり諸悪の根源は胸水ですね」と胸部の痛みを訴えた。
この日、訪問看護でその場にいた婦長が手際よく胸水を抜く処置に取りかかった。
 やがて、右脇腹から胸腔内へと挿し入れたカテーテル(細い管)を通して胸水がゆっくり抜き取られIリットル容器の底に溜まってゆく。
真っ赤な胸水は血液の色に近かった。
 大量に溜まった胸水を五百叩抜くのに、約一時間かかった。
その処置が終わるとNさんは激しく咳き込み、「ペッ」と少量の痰を口から吐き出した。
胸水を抜いて右肺の容量が膨らむと新鮮な空気の出入りがよくなる分、咳と一緒に喉の奥から痰が何度も噴き出た。
Nさんは、「ゴホン、ゴホン、ゴホン、ゴホン……」と十数回苦しげな咳を繰り返した。
がん患者が死と向き合うとき一終末期医療を考える  そのとき幼稚園年長組の愛息R君が無邪気な顔をのぞかせた。
「パパ、ここが痛い の?」とR君が父親の顔を見ると、Nさんは「そうだよ」と言った。
子煩悩な三十九歳の父親の顔である。
 この日撮影された写真の一枚は、ベッド上のNさんの横顔が彼らしく毅然とし、人間的な内面の強さを思わせる。
彼が視線を向ける先には妻の姿が見える。
彼女は静かな微笑みを浮かべていた。
医療の主役は誰か  年齢的に、Nさんは私より一回り若かったが、自宅を訪ね、互いが顔を合わせたことで親近感は一気に深まった。
 モルヒネで意識が朧朧とするのだろう、Nさんの綴るメールは、ひらがな文字が目立ち、句読点抜きの文章へと変わった。
 この時期、体力は弱ったが、Nさんは的確な状況判断をしていた。
一度、〈モルヒネはできるだけ避けたかった〉と語った。
そのことを改めて質問すると、〈モルヒネつていうと 戦争で手足を吹っ飛ばされたような人が最後の痛みの抑えに使うような強い薬というイメージでした。
いまはうまくコントロールすれば後遺症もないし、痛みもおさえられる 使用量を間違えなければ末期医療にぱすばらしい薬だと思います〉  十月初旬、週刊誌に載せる予定原稿が仕上がった。
原稿を何度も読み返し、「すみません。
ここを直してください」と遠慮がちのNさんのメールが二度、三度と私のもとに届いた。
原稿締め切り当日の朝も、私の仕事場に電話が入った。
夜中じゅう原稿を読み直したのだろう。
「すみません、吉原さん、まだ訂正は可能ですか」。
彼が最後にこだわった部分は、「苦しんで死ぬような死なせ方は絶対しないから」という記述だ。
 Nさんぱ、「死なせ方」という表現を「死に方」としてほしいと言った。
文章上はわずかなニュアンスの違いであるが、医療の主役は誰か。
医療者ではなく、死に逝く私白身であるIそんなNさんの意志が感じられた。
研ぎ澄まされた人間の感性とともに、在宅ホスピスの主役は自分であるとのNさんの気迫が伝わった。
遺ったNさんの言葉  それから六日経った十月十四日夜、Nさんの容体が悪化した、と婦長から電話がきた。
「ご本人が希望されるので明日、小笠原先生が胸水を抜き、三日連続で輸血する予定で す。
もしかしたら、今回の治療中に亡くなられるかもしれません」  きっとNさんは頑張ってくれるだろう。
私は祈るような気持ちであった。
翌十五日、Nさんの姿を紹介する週刊誌が全国一斉に発売された。
Nさんは「よかった」とつぶやいた。
その一週間後の十月二十一日は秋晴れの木曜日だった。
この昼少し前、Nさんは、最後は眠るように息を引き取った。
仲間だちと一緒に青春を過ごした水産高校時代の制服を身にまとい、彼は天に昇ったのだ。
 その夜、私は、亡き人と交わした九十通以上の往復メールを夜明け近くまでゆっくり読 み返した。
雑誌の仕事で1ヵ月前に知り合った間柄にすぎないのだが、心の友を失ったような人 生の寂しさがめった。
 Nさんが、この世に遺した『ある身障者からの主張』ぱ、与えられた命を精一杯生ききっだ人間のつぶやきだ。
それはまた、ひとりのがん患者が人生最後に仕上げた「ライフワーク」である。
がん医療の理想は「一親等の医療」  ちょっと語弊のある言い方かもしれないが、ふと気づくと、がんを病む人との語らいが私の「仕事」になっていた。
医療現場を歩いて医者からモノを教わり、患者家族のつぶやきには共感し、心に残るような対話を重ねるなかに私の人生の時間がある。
 がんを病む人は何に苦しみ、どのような悩みを抱えるか。
本書で綴ったように、がんの問題は、結局、患者個々の事情がさまざま異なり、およそがんの統計などの平均値で語られる性質のものではない、と思う。
 病気と闘うために、人生の大部分を過ごす医者とは違い、一般の人間にはその人なりの健康人生があり、思いがけず病気の時間が訪れるのだ。
人生体験としてのがん闘病は試練に違いないが、逆に、長い人生のなかではほんの一瞬の出来事だ。
元気な姿でもう一度社会復帰できれば、病気の苦しみやつらさはまるでウソのように頭の中から消えてゆく。
 いざ病気になるとどんな人でも弱気になるけれど、がんの生き方ぱ一人ひとり違うという意味で、人生とよく似ているような気がする。
治る人と治らない人。
がんが治った人は 「ああ、助かった」と日常生活を取り戻し、不治の人は医者の力、家族や友の絆に支えられて寿命を生きる。
考えたくもないような現実を前に、やはり一番大切なのは勇気と想像力、そして人生の知恵。
ほんの少しの勇気を持ち、元気な心で精一杯生きてゆく。
これこそ患者の賢い生き方と呼べるものである。


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